「ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする」 〜子どもを伸ばすための親の心得〜

親なら絶対に持っている感覚、「自分が子どもを指導している」。上から目線。

でも、考えても見て欲しい。我が子と、経験以外で勝負できる部分があるだろうか?わずか数年しか生きていない子どもを相手に、それではあまりに大人気ない。可能性で挑んで来られたら、まったくのお手上げなのだ。

親の役目は、「サポート」以外に有り得ない。それを痛感させてくれる、いわば〝子育ての手引書〟。

早速、紹介しよう。

ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする

子どもが、時間を忘れて好きなことに没頭する。あの瞬間のエネルギーに敵うものは、何ひとつとして存在しない。

言い換えてみよう。つまり、親は何かを用意してあげる必要はない。あるべき能力は、すでに子どもたちの中に備わっているのだ。

すると、親に残されたものはただひとつ。「環境を整える」という作業だけだ。

褒めて育てる?

よく、「褒めて育てる」と言うが、どうだろうか?

もちろん、「叱る」は子どもを萎縮させるので、論外。だからと言って、「褒める」が100%正しい訳では無い、というのが主流になり始めている。

つまり、「褒める」「る」の〝上から目線〟ではなく、「励ます」「認める」「共感する」「寄り添う」の〝横から目線〟こそが、子どもの溢れる能力を引き出す術なのだ。

その時を待つ

子どもなんだから、失敗くらい当たり前である。頭では分かっている。でも、それを「よくガンバった。次は上手くいくよ」と、受け入れる度量と余裕は備わっているだろうか?

物怖じてボールを取りに行けなかった子が、取りに行こうとした。結果はどうだったにせよ、それだけで立派な「成功体験」なのだ。それこそが成長なのだ。

成長を一緒に喜んでくれる親の姿勢、それが子どもをさらに後押しする。

どんどん、すすんでチャレンジするようになれば、儲けモノではないか。そりゃあ、多くは失敗するだだろう。でも、それでいい。チャレンジできる環境を作ってあげることで、親の務めは、ほぼ完了である。

長期的に見守る辛抱強さ。「長期」「見守る」「辛抱強い」「待つ」。どれも苦しいが、子どもを信じよう。少なくとも、自分よりは遥かに可能性に富んだ子どもたちを、信じきるのだ。

夢だけじゃない

とは言え、どの子もびっくりするくらい「凄く」なるか?と問われれば、そうではない。全員がトッププロになる筈もない。

でも、子どもの成長過程は、その子どもが、社会人としての自分を磨いていく場でもある。

ボランティア精神

「ドイツのスポーツ環境は素晴らしい」というのは、ドイツに行ったことがない僕でもよく知っている。

どんな小さなクラブにも、照明付きの天然芝グラウンドがあって、立派なクラブハウスがあって…、というやつだ。

しかし、その立派なハードをそのまま日本に持ち込んでも、しっかりと根付くとは限らない。

誰もが、安くスポーツが出来るのは当たり前。それをボランティアで支えるのは当たり前。そんなドイツ社会の常識の上でこそ、生活の一部にサッカーが溶け込んでいける。

「奉仕」「贈与」「貢献」「ボランティア」「共同体」そして「多くの大人で子育てする」という意識。ここ日本では、少し崩れかけているかも知れない大人の姿勢こそが、問い直されるべきなのかも知れない。

カラーの付箋

▲ 子どもたちが目一杯サッカーを楽しめる環境をつくる

まとめ

この本のサブタイトルには、「自主性・向上心・思いやりを育み、子どもが伸びるメソッド」とあるが、それだけには止まらない、今後の日本社会のあり方にまで啓示が及ぶ、深い深い本なのだ。

スポーツをする子どもを持つ親だけでなく、教育関係者だけもない。子どもたちに、どんな日本を受け渡したいのかを真剣に考える大人たちに、ぜひ一読をオススメしたい〝温かい物語〟である。

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森下昌彦(えむもりさん)

大阪在住50代。妻と1女1男。  長く医療業界に携わったが、軸足を移すことを模索・実行中。 詳しいプロフィールはこちら

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