親の最期を看取るということ

父親は認知症になって長期入院中だが、新型コロナが蔓延したことで面会さえもままならなくなった。「次に会う時は僕のことを忘れてしまっているかも…」と思ってきたが、すでに一年が経過したことになる。親とは別居だが近所なので、これ程長期にわたって顔も見ないのは勿論初めてのことだ。

先日、病院の看護師さんが気を遣っていただいて、父の写真を母のLINEに送ってくれた。生身ではないがこの目で〝生存確認〟出来たのは久々である。

ショックだった

高齢なので、これまでも顔を見るたびに「もう会えるのは最後かも知れない」くらいの思いが頭をよぎることはあった。

でも、これまでとは明らかに違う。正直「そんなレベルじゃない」ってくらいに人相まで変わっていた。

自分自身がもう還暦近いので、これまでも多くの人を見送ってきた。だから、「ああ、こんな姿になって人間は死んでいくのかぁ…」というのは何度も見てきたし、いよいよ父親がそこに近付いてきたことは簡単に実感できた。

小豆島で死なせてあげたい

父親は故郷への思いが強い人なので、小豆島で馴染みの人たちに見送ってもらうのが最高のラストシーンに違いない。それを実現させることが、僕の最初で最後の親孝行なのだ。

そう信じてきたが、あの姿では到底移動にすら耐えられるとは思えない。島に帰っても、空き家がポツンと建つだけで身内もすっかり減ってしまった。現実的には、ほぼ不可能じゃないだろうか…。

「時間や場所に縛られない生き方が出来れば、それも可能かも…?」と思ってきたものの、ホリエモンが言うようにはなかなか上手くいかない(諦めてないけど…)のが現状。

今更過去を悔やんでも仕方ないし、目の前の一歩をどちらに踏み出すか?の方がずっと大切だろう。

前を向くのみ

人生はなる様にしかならない。そして、どうしようもなく不真面目に生きてきた訳ではないと、自分自身思っている。

でも、今もし親が旅立てば、腰が砕けて立ち上がれなくなるのは明白。

「ごめん。懸命に生きてきたけど夢は果たせなかった」と告げる時、自分の心の底にどれほどの充足感があるかによって、僕はこの後の自分の人生にどれ程誇りを持てるかが決まるのではないだろうか?

毎日の熱情の度合いを高めて生きないと、子供たちに親としての矜持を示せないと思う。ふと考えてみると、父が僕に残してくれた一番大きなものが、この「親としての矜持」なのかも知れない。

もしここでそれを途切れさせては、ホントの意味で僕の人生の価値が地に落ちる。焦る必要はないと思いつつも、やはりどうしようもなく苦しい。

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森下昌彦(えむもりさん)

大阪在住50代。妻と1女1男。  長く医療業界に携わったが、軸足を移すことを模索・実行中。 詳しいプロフィールはこちら