夢に近付くための行動には順序がある

「量より質」とはよく言うが、それは究極まで突き詰めて行き着いた先、いわば「完成形」であり「理想」である。最初からそうは上手くいかないのが普通だろう。

つまり、その領域に踏み込む前に、「質より量」のフェーズを経る必要がある。

夢に近付くための行動には順序がある

このコロナ禍で、様々な行事が影響を受ける中で、娘のクラブ活動もご多分に漏れず揺れている。

その中で、中学校の吹奏楽部の定期演奏会が、観客を大幅に制限した中ではあるがなんとか開催できた。

年間を通して一番のビックイベントであるし、昨年開催できなかったということもあって、保護者も含めて気合の入り様といったら敬服に値するほどだ。

立派なホールを借りての本格的な演奏会なので、通常は言うまでもなく「録画録音禁止」である。しかし、僕は保護者のよしみもあって、リハーサルから楽しませてもらえたので、そのタイミングで写真を撮ることを許していただいた。

「こんな時こそ」とばかりに300mmの望遠レンズを借りて(結構高い)、バシャバシャ取らせてもらったのだ。

でも…

演奏で感激したのはもちろん、写真をたくさん撮れたという意味でも、大いに満足して帰ったのだが、見返してみたらどうも、あとひと押しに欠ける気がしてならない。

どういうことか?

写真の写りそのものは、機材のスペックもあるし腕も足りないだろうから自ずと上限が決まる。

でも、その気になれば青天井の如く高められるものもある。

「撮影枚数」だ。

2時間弱くらいの間撮っていたのだが、その数400枚ちょっと。いくらシャッターを切ろうとも、コストが増すわけでもなく、機会損失しないためにも〝数を撮らない〟選択はあり得ない。

「なんで2000枚くらい撮らんかったんやろ?」が後からフツフツと湧いてきたのだ。「その気になれば」数は増やせると書いたが、その気になっていないのだ。「食っていけるくらいになりたい」と思ってはいても、まだ思っているに過ぎない。その気になれていない。マインドセットの問題である。

熱演の余韻

正しく順を追う

夢に近付くために、寝食を忘れて何かに打ち込む時期は、誰にでもあると思う。

スキルを高めようとするなら、ひたすら数をこなすことも必要だ。それがやがて質を高めることに繋がって、さらに多くの成果をもっと良質に生み出せるようになる。「質量転化」と言うらしい。

「打率を上げる」は後からやること。今はとにかく「たくさん振るのが重要」だということに尽きる。バットを振らずにホームランを打つことは不可能なのだ。

今の僕なら、「脇目も振らず撮りまくる」を徹底しなくてはならない。

次の一手に集中

まずは、撮るごとにモニターで確認してしまう癖を無くしていこうと思う。「どれどれ、どんなふうに写ったかな?」としょっちゅう見ていては、時間の大幅なロスだ。「そんなことしてる暇があるなら、次を撮れ!」ってことだ。

つまり、やればいいだけ!

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森下昌彦(えむもりさん)

大阪在住50代。妻と1女1男。  長く医療業界に携わったが、軸足を移すことを模索・実行中。 詳しいプロフィールはこちら