もしも妻が働けなくなったら… 〜ピンチをチャンスに変える心構え〜

アトピーだったり喘息だったり、何かとアレルギー体質っぽい妻は、たまにガクンと体調を崩すことがある。

決して大病ではなく、大筋で健康であることに変わりはないが、健康優良児街道を一路邁進中の僕には、コンディションが万全でないこと自体が、ちょっと感覚として掴みにくい。

だから、「働けなくなったらどうしよう?」なんて言われても、「何をバカなこと言ってんの?」と冗談半分くらいに捉えてしまって、実はピンと来ないのだ。

もしも妻が働けなくなったら…

手の指の間がひび割れて、痛くて仕方ないらしい。見ると、「あかぎれの超ひどい版」といった感じ。

妻は調理の仕事をしているが、手にキズがある状態では、食中毒予防の観点から実務に就くことはできない。

完治するまでは、バックアップメンバーとして直接食品には触れない業務を回してもらっているらしい。

その現状について、妻的には、「仕方ないじゃん!」とはいかないのだと言う。

病状

検査すると、MRSAではなく、黄色ブドウ球菌プラス溶連菌が検出された。「ヘルペス性ひょう疽」という診断をもらったが、要は「キズにバイ菌がいっぱい付いてます」ってこと。

まあ想定の範囲内で、「そのうち治るだろう」って、素人は感じている。

テープだらけ
痛々しい…

共働き

結婚以来、当然のように共働き生活してきた。共働きだから維持できる生活水準というのがあると思う。そのへんを綱渡りの如く進んできた。「余裕」なんて小洒落たものは無い。

今更ではあるが、ここに来て感じるのは、「真面目にやってりゃ良いってモンじゃない!」ってことだ。

「雑務でも、コツコツやってりゃ報われる。しかもうちの場合は2人も居る」。残念ながら、それは幻想だった。十分に練られた戦略も必要なのに、気付くのが遅い。

「50代の平均貯蓄額」というデータがあったが、目ん玉が飛び出るほど驚いた。他の先進国と比べると、最貧国の部類に突入してしまった日本だが、我が家はその中でも、十分に貧困層にカテゴライズされてしまいそうだ。

これが現実なのだ。

やるしかないけど…

もし妻が働けなくなったら、僕の収入を倍にするだけでは心許ないだろう。ますます子供にかかるお金も増えていくことを思うと、大きく「3倍!」といきたい。

でもここで、「よっしゃぁ〜!」という気分にはなっていない。行動力と覚悟が足りないのだ。

少しでも光が見えたなら進みようもあろうとは思うが、マネタイズ出来そうな要素も見当たらないので、道のりが遠すぎて気が引ける。

心を整えないと、むしろイライラばかりが募って空気が荒む。

遅くても、進まないよりはマシ

どんよりと気が重くて、何も出来ない時間が長引くとちょっと危険だ。そんな時、とりあえず最小の駆動力でもこなせそうなタスクを、用意することにしている。

ダメな時、ちょっとやる気がある時、絶好調の時の3段階くらいに、予めタスクの難易度を設定しておく。

僕の場合、最低レベルの例としてはこうだ。

  • 「あと先考えずにとにかく楽しいことだけを選択する」
  • 「ひたすら楽しいことだけを選ぶ」
  • 「ボーっとしない」

1人でじっとしていて、気が紛れた試しはない。だから動く。そして「楽しいこと」だけを基準に行動を選ぶ。決してあと先は考えない。

行動の前段階に「思考」を挟むと、ロクな事は起きない。

それが、僕のここまでの結論。「楽しい」が基準。それで良い。

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森下昌彦(えむもりさん)

大阪在住50代。妻と1女1男。  長く医療業界に携わったが、軸足を移すことを模索・実行中。 詳しいプロフィールはこちら

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