「琵琶イチ」は琵琶湖一周。「淡イチ」は淡路島一周。
関西のサイクリストにとっては、馴染み深い言葉である。
じゃあ、「豆イチ」は知っているだろうか?
もちろん「豆イチ」=「小豆島一周」である。
「琵琶イチ」や「淡イチ」の知名度に負けないくらい、「豆イチ」が盛り上がってくれたらなぁ…。もちろん個人的には僕も思っていることだが、地元の観光関係の方々にとっては、悲願とも言えるはずだ。
チョット手ごわい小豆島
近年のロードバイクブームは、小豆島にとっても〝追い風〟には違いない。
カラフルなバイクの集団が颯爽と走り去る光景は、日常のものとなりつつある。
しかし、ここで経験者としてひと言口を挟ませてもらえるなら、「小豆島は、そんなに甘くない」と言っておきたい。思いの外、アップダウンが厳しいのだ。
小豆島を、岬部分も全部含めて一番大まわりで走ったら、120キロを超えるくらいの距離になるらしい。なにしろ瀬戸内で2番目に大きな島だ。デカイ。
加えて、瀬戸内最高峰の星ヶ城山(817m)を有することでもわかる通り、「山の島」でもあるのだ。
だから、気軽に「ちょっと一周」と出かけられるのは、相当腕と言うか脚に覚えのある人に限られるだろう。
おすすめコースはたくさんあれど…
いきなり「完全一周」を目指さずとも、別に楽しみが半減するわけではない。ここは幾つかのパートに分けて、まずは体感してみることで経験値を稼ぐのも、ひとつの選択肢だ。
小豆島の三都半島(みとはんとう)。牛の形をした小豆島の「前脚」部分にあたる。
僕の地元のこの一帯。特に観光名所らしきものも見当たらず、旅行者の姿を見かけることも、滅多にない。交通の便も悪いので、ある程度仕方ない面もある。
でも、海を背景にした風光明媚さでは、ここが島内随一だと僕は思っている。静かな海がたてるやさしい波の音が、こころに沁み渡る。
西村から池田までを、半島経由で走るなら、「ゆっくり走って1時間半から2時間」くらいの余裕を持ちたい。
その一番先端部分の、地蔵崎灯台をショートカットしてもいいのだが、四国本土を臨む「さぬき百景」を見て、是非とも「スカッ」と気持ち良くなってもらいたい。
ただし、直前の坂がチョットしんどい…。
基本的に一本道なので、迷うことはないだろう。とにかく海岸線から離れないように、所々にある「地蔵崎灯台」の標識を見落とさないようにして欲しい。
ときに悲しい過去がよぎることも
「境界線の庭」という、瀬戸芸のオブジェが左に見えたら、そこからは右に折れて、いよいよ急坂へ突入する。
このあたりの集落「谷尻」は、40数年前の豪雨で、小豆島が大きく被災した際に、たくさんの犠牲者が出た地区のひとつだ。
新聞の一面に、大きな写真とともに「小豆島 豪雨 死者○○名」と載っていたのを、今でもよく覚えている。
祖父と妹と3人で、山肌がえぐられた傷跡を見ながら歩いたのが、昨日のようだ。子供ながら、自然と口数が減った。弔わないといけないと感じた。
▲この谷を一気に海まで土砂が流れた
一気に駆け上がれ!
此処から灯台までは、距離にすれば大したことはない。ただひたすら、「漕ぎ続ければいいだけ」と言えば容易い。その通りだが、一旦止まると再スタートが嫌になるのでは?と思えるくらいの登り。
しんどいのはもちろん、ビンディングが一発で「ガチャ!」といかなければ、立ちごけ必至。それを思うと、一気に駆け上がった方がマシか…。
ほとんど余裕なく、足下の白線だけに視線を落として、「ハァ〜、ハァ〜」とゆっくり、ゆっくり進む。
正直に言うと、写真どころではなくなった。
ちなみに、これを敢行したのは今年の7月2日。前夜は少しビールも入っていたし、朝はコーヒーのみ。暑くて寝苦しかったので、「ぐっすり」とはいかなかった。あとから思えば、走り出す前から「疲れ気味」だったのだ。気温は、もちろん30℃をゆうに超えていただろう。
息も絶え絶えに、登りきった。どこまでも続くのかと思えるほどの坂だったが、やれば出来る。「やったぜ!」
その結果…
ところが、下りに差し掛かった途端に、身体がだるくなり始めて頭痛がしてきた。自転車がふらつく。
「熱中症。」間違いない。
単独行動で一番困るのは、こういう時だろう。周りには人気もない。携帯の電波も心もとない。
灯台のすぐ近くまで来たが、海岸に下りるのは断念して、日陰を探して休むことにする。座っているのも辛いので、ベンチをベッド代わりにして横になった。
幸い水は持っているし、自販機もあった。意識が無くなるという事態は避けられそうだ。大丈夫。
鳥の声、風の音。暑い。
「知恵と勇気」
実は、「調子が良ければ島を半周くらいしてから大阪へ帰ろうか」と思っていた。
でも、そんな簡単なものじゃない。それは、日頃からトレーニングしている人のセリフなのだ。
救急車のお世話になったり、大事にならなかっただけでもヨシとしよう。
「勢い」と「思いつき」も大切だが、そこそこわきまえないと、他人様に迷惑を掛けることになってしまう。今回は、牛の「足首から先」だけで敢え無くリタイアとなったが、それもいい。全てが「経験」として蓄積されていくのだから…。
適度な「ムチャ」を挟みながら、何度か島を走り回るうちに、だいたいの雰囲気は掴めてきているので、「完全豆イチ」への足場は、しっかりと固まりつつある。
身体を絞って、モチベーションを上げて、やるならこの秋だ。
そう、「やる」と決めるだけで、たいていのことは出来てしまう。この場合はそんな大げさなものでもないが、実証してみせるのだ。自分に見せて、こころに刻むのだ。
もちろん「やれば出来る」を刻みつけるのだ。そして同時に、一歩引いた「冷静さ」も欠かしてはいけないということを、今回は学んだのだった。
森下昌彦(えむもりさん)
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