「ラーメンが嫌い」って人は珍しいだろう。こだわりが強いわけではないが、僕も好きだ。
ただし、食べるなら休みの前日だけ。気兼ねなくニンニクを投入して、妻に「臭い〜」と罵倒されるのが常だが、接客業の最低限のマナーの前に、犠牲になってもらうことにしている。
その妻が、教えてくれた「一蘭」というお店。
「美味しかったよ」の言葉に偽りはなかったが、僕的には、ちょっと引っ掛かって変な気分になったので、ご紹介する。
ラーメン「一蘭」で驚きの次に感じたこと 〜味集中システムの衝撃〜
身も蓋もないのを承知で敢えて言わせてもらうと、これだけの規模のチェーン店が、それなりに美味しいのは当たり前だ。そうじゃなければ、遠の昔に存在自体がなくなっているに違いない。
Webサイトに書かれている「こだわり」は本物だろう。グルメでもなんでもない僕の評価なんか、とてつもなく怪しくて信頼度は落ちるが、美味しさに関しては「看板に偽りなし」だ。
ただ、美味しいから満足度が高いか、と言うとそれは別問題だと思う。特に、代表が考案されたという「味集中システム」には、正直なところ少し違和感がある。
ラーメンと対峙せよ
「味集中システム」とは、とにかく「味わう」ことのみに集中してもらうために、目の前の一杯のラーメンとしっかり向き合うことを目的にしているらしい。
具体的に並べていこう。
店に入ると、まず食券を買うシステム。自販機では味気ないが、それはよくあること。まあ仕方ない。
中に進むと、店員さんが一人。「18番へどうぞ!」。見ると、カウンターに一席ずつ番号が打ってある。「ふぅ〜ん」。でも番号が打ってあるだけじゃない。それぞれの席が衝立で区切られているのだ。
選挙の投票所の、記入台を思い出して欲しい。あの感じに似ている。似ているが違う点は、隣との間隔が極端に狭いこと。体格が良い人なら、肩が触れ合ってしまうのではないか?それほどの距離感だ。それにあと一つ。座って目の前に〝のれん〟が掛かっていて、オーダー等のやり取りは、すべてその〝窓口〟を介して行われる。
最初に食券を買ったが、それに細かくカスタマイズできるようになっていて、注文用紙を渡された。麺の茹で具合とか、ネギは白ネギか青ネギか?とか、好みを書き込んでからボタンを押すと、大きめのノートバソコンくらいのサイズしかないのれんが開いた。のれんは人の腰の高さくらいにあって、こちらは、店員のお姉さんの腰のあたりを拝めるのみ。なんだか、ちょっといやらしいお店に迷い込んだのか?と思えなくもないが、腰に付けたお姉さんの名札には、源氏名ではなく本名らしき名前が…。当たり前か…。
水も、薬味も各席に用意されていて、オールセルフなので、基本的に店員さんと口をきく必要はなし。こんなもんかぁ…。
お腹いっぱいなら良い、ってもんじゃない
そりゃあ、作った側からは、しっかり味わって欲しいという気持ちが強いであろうことは、理解できる。
でも、雰囲気も含めて全てが、お店の提供するものであって、それらこそがサービスなのだ。
僕が今回お邪魔したお店は地下なので仕方ないが、窓もない空間に可能な限り客を詰め込んで、という光景は、身動きできないニワトリが、毎日卵を産まされているのと変わらないように映った。入れ替えを促して、必要最小限の接客に絞って人的なコストを削る。当然と言えば当然だが、あまりにあからさまでは寂しい。
自律神経の話まで持ち出して、「落ち着いて味わって」と言われても、やはり僕は少し哀しかった。
未来は人との繋がりの先にある
僕は、人との繋がりを大切にしたいと思っている人間なのだ。そう強く感じる。
僕のことをご存知の方がいらっしゃればお分かりだろう。僕は決して、どんな場でもリーダーシップを発揮するような人ではないし、口が上手い訳でもない。広く人付き合いができるタイプではないだけに、出来るだけ深く関わりたいと、潜在的に思っているのかも知れない。
大げさな話になってしまうかも知れないが、人生なんて、そんなに長くはないのだ。
縁があって、せっかく出会うことができたのに、顔も見ないまま会話して、食べるだけ食べたらそのまま無言でオサラバ。
これが、もし普通のことになるとしたら、生きることの濃度はどれほど下がってしまうのだろう?狂おしいほどの思いを伴わないストーリーを生きる気だろうか?そんな世の中を子供たちに受け継いでいくことだけは、大人として避けなければならないと思っているのだ。
森下昌彦(えむもりさん)
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