いよいよ、僕の古いWindows PCのクラッシュが、現実味を帯びてきた。
その差し迫った時期に降って湧いた、「昔の写真を取り返せプロジェクト」。
大量の写真は、葬り去られる運命か?
Windowsが壊れそう
最近では、Mac iPhone iPadしか使わないので、Windowsはあっても無くてもどうでもいい。Appleジゴ…、いやApple Heavenである。
ところが、その瀕死のWindowsに、多くの写真が置き去りにされている事が、判明した。
「取り返さなければ…」
しかし、この時点で既に、我がWindowsは、突然のシャットダウンが頻発する末期的症状。深刻…。
Google任せ
最近の、僕の写真を保管する手順はこの2パターンだけしか無い。
iPhone→「写真」→Googleフォト
EOS→Mac→「写真」→Googleフォト
である。
iPhoneのカメラで撮ったものも、一眼のEOSで撮ったものも、それぞれ iOSとmacOSデフォルトの「写真」に取り込む。これらは、もちろんシームレスに同期される。そこからは、自動的にGoogleフォトへアップロードされるように設定しているのだ。
時々、iPhoneのストレージを食い過ぎないように、「写真」に溜まったデータを古い方から順に消している。
それだけなので、別に注意していることなどは無い。
お宝発見!
ところが、Macを買う前には、写真をWindowsの方に落としていたようだ。自分でも忘れていた。
2010年の秋から、2016年の春頃までの、70本の動画と580枚ほどの写真。
これらを、直ちにiCloudにアップロードしないと、消滅必至。呑気にしていたのに、急に窮地に追い込まれた気分だ。
その方法すら、完全に明確とは言い難い。とにかくIT音痴…。マシン自体のレスポンスが落ちているので、やり方が正しいのかどうかが判然としないまま、ウロウロしていると例によって「落ちる」。
絶望的である。
捨てたもんじゃない
結局、都合まるまる1週間。家にいる間はずっとPCの電源を入れっぱなしにして、走っているかどうかもよく分からない作業を見守り続けた。
めちゃめちゃスローで、何度も気が遠くなったが、ついにミッションコンプリート。
ほとんど奇跡である。神のご加護か?
こうして無事命を永らえた数百枚を見て思うこと。
もちろん、子供たちの成長を残すことは意義深い。実際、見始めたらいつまでも終わらない。
しかし、その感動のインパクトについてのみ言うと、動画が普通の写真を圧倒している。当たり前だが、情報量が半端ないが故。
つまり、家族の記録として写真を残す場合、これからの時代は特に、「動画圧勝」なのである。写真は、より〝アート的〟な領域で生き残っていくのかも…。
これからは「動画」の時代
わかりやすいところで言うと、旅行のパンフレットとかはその代表かも。
写真で風景や食べ物を紹介されるよりも、動画の方がより気を引くのは間違いない。
〝種明かし〟をされたからもう見たくない、ではなく、得た情報を現地で再確認する行為が旅行なのだ。少なくともきっかけは、そうである。
決意と責任を示すツールなのだ
写真が残ってホント良かった。動画が残ってホントにホントに良かった。
僕はこの子供たち、家族を愛していた。今も勿論その気持ちに変わりはないが、この頃もそうだったと確認できることで、今の気持ちに更に責任がプラスされる。
これからは動画の時代なのである。僕は、より重い責任を持って発信する必要がある。
「家族を愛している」は、超プライベートなことであまり情報価値は高くないが、仕事のこと、小豆島のこと、メーセージ性の強いこと。
「僕はこういう人生を創る」と、狂おしく暑苦しい言葉が似合う人になる。濃密な発信をして、その渦を大きくしていきたい。
風呂敷は大きい方が良い。その方が目立つ。ついでに色も派手なら、もっと目立つと言うものだ。
森下昌彦(えむもりさん)
最新記事 by 森下昌彦(えむもりさん) (全て見る)
- 「この曲は現在、この国または地域で入手できません」ってなんだ? 〜iPhoneで音楽が聴けない時の対処法〜 - 2022年1月23日
- ドイツ人はなぜ「自己肯定感」が高いのか 〜ドイツ車に乗ってもドイツ人の様にはなれなかった僕が今思うこと - 2022年1月16日
- 年賀状作りはオワコンなのに、僕がそれをやめない理由 - 2022年1月8日