「他人に貢献する」を決める

何か行動を起こす時に、それが人のためになるかどうかを意識するだろうか?

僕は、正直なところいちいちそんなことまで考えない。

「自分のことだけで精一杯、自分中心」だけでは、高みに登ることはできないのだろうか?

何があれば満足できる?

マズローの欲求5段階説では、「自己実現の欲求」が最上位とされる。

  1. 生理的欲求
  2. 安全の欲求
  3. 所属と愛の欲求
  4. 承認の欲求
  5. 自己実現の欲求

ここで注目したいのは、4と5。

「承認の欲求」とは、簡単に言うと「凄い!」と思われたいということ。

自分で自分を「凄い!」と思うのも含めての話。「すごい金持ちやなぁ」「(私って)メッチャ美人やん!」みたいな事。

この「承認の欲求」よりも「自己実現の欲求」が勝るなら、一見、〝最後はやっぱり自分のことが一番〟ってことになる。

つまり、4も5も「自分!自分!自分!」なのだ。なりふり構わず、自分のしたいこと、自分の気が赴くままに突き進めば、幸せが転がり込んでくる。

ホント?

ところが、そういうことでもないらしい。

人間は社会性を持った生き物なので、所属する集団全体が向上することを、遺伝子レベルで望んでいるのだ。

自分も大切だけれど、仲間が伸びると嬉しい。一緒に頑張れるのは喜びなのだ。

商売だってそう。自分の儲けだけにしか関心がなければ、全く成り立たない。カスタマーサクセスにおいて対価をいただけるのだから、win-winを目指すのは勿論だ。

つまり「自己実現の欲求」とは、自分の中だけで完結できるものではなく、常に相手の幸せ度を上げるという観点から切り離せない。

ちょっと考えりゃ、当たり前。言われなくても当たり前なのだ。

出来てるの?

しかし、僕はややもすると、自分のやりたい事を追求したい、という思いが突っ走ってしまいがち。

「分かる人は分かってくれる」くらいに思っているのかも知れない。

でも違うんだなぁ…。このスタンスを少しずつ改めていくところが、僕のリスタートのポイントだろうか?

無いものを探さない

つくづく思う。僕は幸せである。

「これが足りない、これも無い」と言い出せば切りがない。確かに、それぐらい無いものは多い。

でも、幸せ。

じゃあ、それを分けてあげようと思った時に、どうにかなるだろうか?

「無いものは多いけれど幸せ」と言っているレベルを超えなければ、貢献できる事柄が極めて限られてしまう。

自分が満たされないと、他人に分けられないのである。

だから、一段ステージを上げるために、宣言するのだ。

「他人に貢献する」と…。

ビーンズドーム
未来は明るい?

まとめ

他人に貢献するといっても、具体的に何をしようか?

圧倒的知識で自分に付加価値をつけて教えてあげる。僕が今思いつくのは、それくらいしかないが…。

正しい情報が圧倒的な量あれば、大抵のことには困らない。お互いに困った事を解決し合う、助け合うというのが社会の本質のはず。

ここでも、今更ながら、勉強することが人の努めなのだと気づく。

入試に受かることが勉強の目的では無いのだ、と子供に話したら、「何バカなこと言ってんの?」って反応が来るのだろうか?

The following two tabs change content below.

森下昌彦(えむもりさん)

大阪在住50代。妻と1女1男。  長く医療業界に携わったが、軸足を移すことを模索・実行中。 詳しいプロフィールはこちら